法は現実社会を追認する

 昔から学校事務の職規定について「従事する」と「司る」の論争がありました。現在の学校教育法では、37条の14項に「事務職員は、事務に従事する」とあります。今回改正された学校教育法施行規則46条3項には「事務長は、校長の監督を受け、事務職員その他の職員が行う事務を総括し、その他事務をつかさどる」となっています。
 佐賀県では、管理職事務長制の実施にあたって各規程が整備されました。このブログの資料室に紹介しているように、県費手当の認定権や市費の専決権などに代表されるような事務長の「責任と権限」の厚みが増しています。事務長の職務規定がこれだけ整備されてきますと全く「従事する」ではありません。おのずと「司る」に帰結してきます。
 管理職事務長が、最近やっている毎日の仕事を考えると、これはどう見ても「従事する」ではありません。今行っている仕事を「司る」といわずして何を言うのでしょうか?毎日が、自らの責任を問われ、判断を迫られる「司る」業務の連続です。
 このようなことで将来の学校教育法37条の14項の「事務職員は、事務に従事する」を改正するステップができつつあると思います。展望が開けてきましたので、何れは法改正がなされるものと期待します。法は、現実社会を追認していく側面があるからです。学校事務は少しずつ前進しています。
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The Times They Are a-Changin'

 めまぐるしく移り変わる時代の流れの中で学校事務をどう確立し、その展望を切り開いていくかが私たちに問われている。(時代は変わる)
 他者を変えること、他者の性格を変えることなどできない。向上心のある人だけが「変わろう」と思い、変わるためのヒントを求めているだけである。メンターの言葉で相手が変わることもある。しかし。それは「メンターが相手を変えた」のではなく「相手が自発的に変わった」のである。「変えられるもの」は、自分の思考と行動だけである。

 学校事務は、ずっと昔、学校の総務的作業事務を中心に行われてきた。中でも給与事務と旅費事務は、その柱のように思われてきた。IT化が進んだ現在、そのような業務は、陳腐化しアウトソーシングの対象として語られるようになってきている。公共部門のあらゆるところでも、そのような仕事をしている職員は、いなくなることは間違いない。
 職務標準表制定の過程でも明らかなように、学校事務も作業的事務から判断業務を含んだ「経営への参画」「事務の総括職員」としてウイングを広げ、存在価値を増すような努力をしてきた。そして、平成11年から始まった事務の共同実施である。これは従来、一人職場として職務上の限界があった義務制の学校事務に多面的な角度から新しい展望を開くものである。
 陳腐化してしまった旧学校事務観に組織化という視点で展望を開く共同実施は、新学校事務観と呼んでも良いかもしれない。この陳腐化を乗り越え新しい発想で業務を生み出すのが、共同実施である。

花壇のチューリップが咲きました

 2011年10月26日付けのブログ記事「コミュニティスクールのお花飾り隊」で紹介した花壇のチューリップが咲きました。今年は、寒くて開花がが遅れていましたが写真のようにきれいに咲きました。校舎への出入口に花がたくさんあると良いものですね。コミュニティスクールお花飾り隊活動の成果です。お花飾り隊の方々とは「この花をもう少し増やしていこう」と話し合っているところです。
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